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20代サラリーマンの趣味によるブログ

後輩が亡くなった話

25歳で亡くなった後輩

先日、朝仕事に行く準備をしているといきなり携帯に着信が。

画面を見るとそこには高校の時に一緒の部活で、今でもたまに会って定期的に飲む友達の名前が。

 

(こんな朝からめずらしいな)と不思議に思いつつ電話に出ました。

 

「おう。どうしたこんな朝に」

「高校の時●●っていただろ?なんか昨日亡くなったらしい・・・・・」

 

そいつは高校の時に入ってたサッカー部の1個下の後輩。

通夜と葬儀の日時を聞いて電話を切るも、軽い放心状態。新聞のお悔やみ欄を見てみると、高齢者たちの名前に交じって確かに後輩の名前がありました。

特別親しかった訳でもなかったけど、部活をとおして多くの時間をともに過ごした仲間でした。

卒業以来もう7年くらい疎遠だったけど、知っている人が死ぬという事実はショックでした。

人生の時間は平等じゃない

後輩はまさか25歳で死ぬとは思ってなかっただろうし、会場に集まった人たちを見たら後輩がすごく愛されていたことも分かりました。

人間の寿命は不平等です。

本当にいつ最期の瞬間がくるか分かりません。

人生が80年続く保証なんてどこにもないんですよね。

 

スティーブジョブズも毎朝自分に

「今日が人生最後の日だとしたら、今日することをするか」問いかけていたそうです。

 

僕たちに与えられた時間っていうのは確実に存在して、しかもその長さは個人差がある。

そして絶対にその最後がいつかっていうのを知ることはできない。

それなら僕たちはどうするべきなんだろうか。

「自分は明日死んでもいいような日々を送れているだろうか?」と常に問いかけ続けることなんだと思う。

その問いかけがきっかけで何かをするとかしないとかは重要じゃない。

そうじゃなくて僕たちにはもっと、死を身近に感じる意識が大切なんじゃないかと思った